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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)148号 判決 1989年9月29日

主文

一  原判決を次の通り変更する。

1  被控訴人中村嘉代子は、控訴人に対し、平成二年一月二二日以降控訴人から三〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、原判決添付物件目録記載の一の建物を明渡し、かつ、同目録記載の二の建物を収去して、同建物の敷地部分の土地九・九三平方メートルを明渡せ。

2  被控訴人中村嘉代子は、控訴人に対し、平成二年一月二二日以降で控訴人から三〇〇万円の支払を受けた日の翌日から、原判決添付別紙物件目録記載の一の建物の明渡済に至るまで一日六四一円の割合による金員を、同目録記載の二の建物の敷地部分の土地九・九三平方メートルの明渡済に至るまで一日二〇円の割合による金員を、それぞれ支払え。

3  被控訴人大久保晴雄は、控訴人に対し、平成二年一月二二日以降、被控訴人中村嘉代子が控訴人から三〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、原判決添付別紙物件目録記載の一の建物を明渡せ。

4  被控訴人大久保晴雄は、控訴人に対し、平成二年一月二二日以降で被控訴人中村嘉代子が控訴人から三〇〇万円の支払を受けた日の翌日から前項の建物明渡済に至るまで一日六四一円の割合による金員を支払え。

5  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

1  控訴の趣旨

(一) 原判決を取消す。

(二) 被控訴人らは各自、主位的には無条件に、予備的(第二次的)には控訴人が被控訴人中村に一〇〇万円を支払うのと引換えに、原判決添付別紙物件目録記載の一の建物(以下本件一の建物という。)を明渡せ。

(三) 被控訴人らは各自控訴人に対し、昭和六一年九月五日から本件一の建物明渡済に至るまで一日六五〇円の割合による金員を支払え。

(四) 被控訴人中村は、主位的には無条件に、予備的(第二次的)には控訴人から一〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、同目録記載の二の建物(以下本件二の建物という。)を収去して右建物の敷地部分の土地九・九三平方メートルを明渡し、かつ、昭和六一年九月五日から右明渡済に至るまで一日二〇円の割合による金員を支払え。

(五) 訴訟費用は被控訴人らの負担とする。

2  予備的(第三次)請求の趣旨

(一) 被控訴人中村は、控訴人に対し、控訴人から三〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、本件一の建物を明渡し、かつ、本件二の建物を収去して同建物の敷地部分の土地九・九三平方メートルを明渡せ。

(二) 被控訴人大久保は、控訴人に対し、控訴人の被控訴人中村に対する右三〇〇万円の支払と引換えに本件一の建物を明渡せ。

(三) 被控訴人らは各自控訴人に対し、平成二年一月二一日から本件一の建物明渡済に至るまで一日六五〇円の割合による金員を支払え。

(四) 被控訴人中村は、控訴人に対し、平成二年一月二一日から右(二)項の本件二の建物明渡済に至るまで一日二〇円の割合による金員を支払え。

(五) 訴訟費用は被控訴人らの負担とする。

(六) 右(一)ないし(四)項につき仮執行宣言

二  被控訴人ら

1  控訴の趣旨に対する答弁

(一) 本件控訴をいずれも棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

2  予備的(第三次的)請求の趣旨に対する答弁

控訴人の被控訴人らに対する予備的(第三次的)請求をいずれも棄却する。

第二  当事者の主張

次に訂正、付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決三枚目表二行目の「及び六」を削除する。

2  同五枚目裏三行目の「送達日の翌日」の次に「である昭和六一年九月四日」を加える。

3  同五枚目裏七行目の「賃貸」の次に「借」を加える。

4  同五枚目裏八行目の「並びに」の次に「右建物を明渡す際に本件二の物置を撤去してその敷地を明渡す旨の前記約定もしくは本件五の土地の所有権に基づき」を加える。

5  同六枚目表六行目の「五及び六の各土地」を「五の土地」と改める。

6  同六枚目表一〇、一一行目の「並びに本件五及び六の各土地」を削除する。

7  同六枚目表一二行目の「及び各土地の本件二の建物の敷地部分」を削除する。

8  同六枚目裏一行目の「ないし敷地」を削除する。

9  同六枚目裏二行目の「六五〇万円」を「六五〇円」と改める。

10  同六枚目裏三行目の「右敷地については同金六円六六銭の各」を削除する。

11  同七枚目表一二行目の「及び六の」を削除する。

12  同七枚目裏二行目の「認めるが、」を「認める。」と改め、「その余」から三行目の「否認する。」までを削除する。

13  同八枚目表五行目の「再抗弁」を「請求原因」と改める。

14  同一三枚目裏六行目の「一四番」の次に「地」を加え、同行の次に「家屋番号一四番」を加える。

二  控訴人の主張

1  原判決事実摘示記載の事実のほか、以下の事実を総合して考慮すれば、本件賃貸借契約の解約の申入れをする正当事由がある。

(一) 自己使用の必要

控訴人は、本件建物の明渡を受けたうえ、その跡地に家屋を新築し、これに二女美沙子の一家を居住させることを予定しているが、このことは、二女のためばかりでなく、控訴人自身にとっても、必要なことである。すなわち、控訴人は、大正五年三月二三日生まれで、すでに七三才の高齢であり、何時病床に伏すことになるやも知れないところ、妻タツエは既に昭和四八年に死亡し、同居の長男稔夫(昭和二八年七月一九日生)は独身であるため、控訴人が病臥した場合、その看病は三人の娘に頼らざるを得ないが、長女、三女がそれぞれ茨木市、高槻市に居住するとはいえ、その負担を少しでも軽くするため、二女美沙子を控訴人の自宅の隣りに住わせ、控訴人の面倒をみさせる必要がある。そして、控訴人は、自己の所有である本件四ないし六の各土地上には本件一の建物と控訴人が現に居住している控訴人と長男高井稔夫共有の原判決添付別紙目録記載の七の建物(以下本件七の建物という。)があるだけであり、そのほかに、長男稔夫所有の同目録記載の三の土地(以下本件三の土地という。)には控訴人所有の鉄骨造三階建の共同住宅(賃貸マンション)が建っていて、結局二女美沙子のための庭付一戸建の家屋を建築できるのは本件一の建物の敷地しかない。したがって、控訴人には、本件一の建物の明渡を受け、これを取壊してその敷地を利用するために同建物を自己使用する必要がある。

(二) 被控訴人中村の本件一の建物賃借の必要度

被控訴人中村は、本件一の建物を単に居住用に使用する以外にこれを使用する必要はないところ、今日の住宅事情のもとでは、他に居住用の家屋を求めることは容易であり、現に、同被控訴人も、本件一の建物に居住することには拘泥せず、明渡料次第でこれを明渡すといっているから、被控訴人中村において、本件一の建物を是非共使用しなければならない必要はない。

(三) 賃貸借に関する従前の経過

本件一の建物は、亡捨松が昭和五年頃に同人の母亡高井カネの隠居所として建築したもので、控訴人らの居住する本件七の建物とは母屋と離れの関係にあり、本来他人に賃貸することを目的としたものではなく、母屋に付随して使用することが予定されていたものであったから、亡捨松がこれを被控訴人中村に賃貸するにあたっても、いずれは自己が使用することを予定し、保証金、敷金等を収受せず、家賃も極めて低額にしてきた。

(四) 建物の存する地域の状況

本件一の建物の所在地は、阪急京都線茨木市駅、JR東海道線茨木駅のいずれからも徒歩約一〇分の交通至便の地域で、第二種住居地区、第二種高度地区に指定され、住宅地としての価値が高く、土地の高度利用が図られるべき地域にあり、庭付一戸建の持家敷地かマンション、アパート用地として利用されることによって経済的効用を全うできるものであるところ、本件一の建物の敷地としての現在の利用状況では、その経済的効用を完全に失った状態にある。

2  控訴人は、被控訴人中村に対し、原審における昭和六二年五月一一日の本件第七回口頭弁論期日で陳述した控訴人提出の右同日付予備的訴の変更申立書により、明渡料一〇〇万提供の申出をして本件賃貸借契約解約の申入れをした。

仮に右一〇〇万円の明渡料の提供では正当事由の補強として不十分であるとすれば、控訴人は、明渡料として三〇〇万円を支払う用意があるので、平成元年七月二一日の当審における本件第四回口頭弁論期日で陳述した控訴人提出の右同日付準備書面において、被控訴人中村訴訟代理人を介して同被控訴人に対し、明渡料三〇〇万円の提供をする旨の申出をするとともに、本件賃貸借解約の申入れの意思表示をした。なお、右明渡料の提供は、三〇〇万円という金額に固執するものではなく、裁判所が相当と認めるのであれば、右金額を越える明渡料の提供をする用意があるものである。

したがって、右解約申入れの意思表示をした日から六か月後の平成二年一月二○日の経過をもって本件賃貸借契約は終了すべきものであるから、被控訴人らは同月二一日以降右明渡料の支払と引換えに、控訴人に対し、本件一の建物の明渡(被控訴人中村はそのほかに本件二の建物の収去とその敷地部分の明渡)の義務がある。

三  控訴人の主張に対する認否と反論

1  控訴人の解約の申入れについて正当事由がある旨の主張はいずれも争う。

2  解約申入についての正当事由の存否の判断において最も重要なのは賃貸人の自己使用の必要性であるが、控訴人のこの点の主張は、控訴人の二女美沙子が持家を有していないから、本件一の建物を取毀してその敷地に、同女のための庭付一戸建の建物を建築したいということである。

しかし、右美沙子は、その夫がNTTに勤務し、常に社宅が確保されており、他に住居を構える必要性はないし、また、控訴人は、本件一の建物の敷地に隣接する茨木市上中条二丁目二二番五の宅地二二八・二九平方メートル(本件三の土地)上に所有していた二階建共同住宅を昭和六一年六月一六日に取毀し、同年一二月一五日にその跡地に、家屋番号二二番五、鉄骨造スレート葺三階建共同住宅一棟を建築しているのであって、本件訴訟が提起された同年八月一一日当時は、右旧建物の取毀しの終ったあと、新建物の建築準備中の時期であったから、もし控訴人が二女美沙子のために庭付一戸建の住宅を建てたいのであれば、右土地にその美沙子のための住宅を建てることもできた筈である。このように、賃貸人が他にその必要とする建物を建築し得る土地を有しながら、これを自己のための収益物件としての賃貸用建物のために使用し、一方で賃借人が現に住居として使用する建物の所在する土地を自己使用の必要があるとしてその建物の賃貸借の解約の申入れを主張することは許されるべきところではない。

しかも、右本件三の土地上に新築した共同住宅の建物は、その二、三階部分が賃貸用住宅になっているのであるから、控訴人が二女美沙子を自分の近傍に住まわせたいのであれば、右共同住宅の賃貸用住宅の一つに住まわせれば済むことであり、あえて本件一の建物を取毀してその跡地に建物を建てる必要はない。

したがって、控訴人の主張する本件一の建物についての自己使用の必要はなく、本件賃貸借契約の解約の申入れをする正当な事由はない。

第三  証拠<省略>

理由

一  訴外亡高井捨松(以下亡捨松という。)がその所有する本件一の建物を昭和一〇年頃に被控訴人中村に賃貸し、亡捨松が昭和二〇年八月九日に死亡したことにより、控訴人が亡捨松の同被控訴人に対する右建物賃貸借契約の賃貸人の地位を相続により承継したこと、本件四ないし六の各土地が控訴人の所有であること、同被控訴人が本件二の建物を建築して所有していること、以上の事実は控訴人と同被控訴人との間で争いがなく、控訴人と被控訴人大久保との間においても、亡捨松が本件一の建物を被控訴人中村に賃貸した日時を除くその余の事実については争いがない。そして、控訴人と被控訴人大久保との関係においても、原審における控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨により、控訴人が被控訴人中村に本件一の建物を賃貸したのは、昭和一〇年頃であることが認められる。

また、被控訴人大久保が昭和四〇年頃から本件一の建物に居住していることは、控訴人と被控訴人大久保との間において争いがない。

二  控訴人は、本件一の建物の朽廃により被控訴人中村との本件賃貸借契約が終了した旨主張するので、その当否について判断する。

<証拠>によると、本件一の建物は昭和五年頃の建築の木造瓦葺平家建の居宅であるが、すでに建築後六〇年近く経過しているため、全体的に老朽化が著しく、昭和四二年頃三本の柱の腐朽した根元部分を取替え、昭和五五年頃北側屋根の約二分の一の部分の腐った屋根板をビニール波板に取替え、昭和六〇年八月頃北東部茶の間部分の屋根の三分の一の範囲の腐った屋根板をトタン板に取替えるなど大がかりな修理を施したが、現在も屋根瓦がずれていたり、かなり激しく雨漏りがしており、屋根の一部を大きなビニールシートで覆って雨漏りを防いでいるような状態であり、全体的に汚損、荒廃が目立ち、建物としては外観、機能、居住性が相当劣悪であって、朽廃に近い状態にあることが認められる。

しかし、<証拠>によれば、被控訴人らが現に本件一の建物に居住していて格別の支障はなく、一応居宅としての使用に耐え、未だ建物としての本質的な効用を失うには至らず、今後ある程度の期間は、なお建物としての通常の機能と効用を保ち得るものと認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

したがって、右建物はまだ朽廃の程度には達していないものと認めるのが相当であるから、右建物が朽廃したことによって本件賃貸借が終了したとする控訴人の主張は理由がない。

三  次に、控訴人は、被控訴人中村が本件賃貸借当事者間の信頼関係を破壊したことを理由に本件賃貸借契約を解除した旨主張するので、その当否について判断する。

1  控訴人が、本件訴状により、被控訴人中村に、控訴人主張の信頼関係破壊の行為があったとして、本件一の建物の賃貸借を解除する旨の意思表示をしたこと、本件訴状が昭和六一年九月四日被控訴人中村に送達されたことは、本件記録上明らかである。

2  本件一の建物が本件七の建物の南側に隣接していること、本件一の建物の賃料が控訴人主張の金額であったこと、控訴人が本件三の土地上にあった旧建物(アパート)を取壊したことは、当事者間に争いがない。

3  控訴人は、本件一の建物を控訴人の子供達が成人して独立する際にその住居として使用させるつもりで、被控訴人中村に右建物の明渡を要請し、昭和三〇年頃、同被控訴人との間で、当時小学生であった控訴人の二女美沙子が成年に達したときに、同被控訴人において同建物を明渡す旨合意していたので、右建物の賃料を低額にしていたところ、被控訴人中村は、昭和三二年頃、控訴人の妻が本件三の土地を茨木市から払下げを受けたことについて、同被控訴人にもその土地の払下げを受ける権利があったのにこれを不正に侵害したとして、右明渡の合意を一方的に破棄する旨通告してきたとし、これを一事由として、被控訴人中村に信頼関係破壊の行為があったと主張しているところ、<証拠>には右控訴人の主張に沿う供述部分があるが、<証拠>と対比してにわかに信用できず、ほかに右主張を認めるに足る証拠はない。

4  控訴人が本件三の土地上の旧アパートの建物を取壊したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、控訴人が昭和六一年六月頃、本件三の土地上の旧アパート建物を取毀し、その跡地に現在の共同住宅を建築しようとした際、被控訴人中村から、控訴人に対し、口頭あるいは内容証明郵便で、本件三の土地に同被控訴人の賃借している本件一の建物から公道に至る通行を確保するための通路の設置とこれに支障のある工事の中止を申入れ、その後更に同被控訴人から控訴人を相手方として茨木簡易裁判所に対し調停の申立がなされたことが認められ、また、<証拠>によれば、右土地に通路を設けなくても、本件一の建物から北側公道に達する通路が確保されていたから、被控訴人中村のために本件三の土地に通路を設置する必要はなく、また同被控訴人がそのことを控訴人に要求すべき権利があったわけでもないことが認められる。

しかし、右以上に、被控訴人中村が実際に右工事を妨害するなど控訴人の利益や権利を直接侵害するような行為に及んだことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人中村の右の程度のことだけでは、未だ本件一の建物の賃貸借契約を維持できないほどに当事者間の信頼関係を破壊するものとは認められない。

5  被控訴人中村が本件二の建物の敷地が控訴人の所有地であることを否認していることは当事者間に争いがない。

そして、<証拠>には、右土地はお寺(ないしは西田)の所有地であるから、お寺の管理をしていた今村の了解を得たとか、共楽会のものと思っているとの旨の供述があるが、右原審における被控訴人中村嘉代子本人尋問の結果は、<証拠>に照らしてたやすく信用できない。却って、後記四に認定の如く、本件二の建物の敷地は控訴人の所有であることが認められる。

しかし、<証拠>によれば、被控訴人中村は、賃科の不払等賃借人としての義務に違背した事実はなく、控訴人からの賃料増額請求についても、その都度格別異議をとどめずにこれに応じてきていることが認められ、また、前記認定の事実から明らかな通り、控訴人と被控訴人中村との本件賃貸借契約は五〇年近くの長期に及んでいるところ、その間右のような言動以外には、被控訴人中村に格別賃借人としての義務に違背したという事実を認める証拠もない等の事情を考慮すれば、被控訴人中村の右のような言動をもって、ただちに本件賃貸借契約を維持しがたいほど当事者間の信頼関係を破壊するものとは認め難い。

6  以上のとおりであって、被控訴人中村には本件賃貸借の信頼関係を破壊する行為があったと認め難いので、右賃貸借の信頼関係の破壊を理由とした本件賃貸借契約解除の意思表示は無効であって、控訴人の右解除の主張は失当である。

四  次に、控訴人の主張する本件賃貸借の解約の申入れの適否について判断する。

控訴人が、原審における昭和六二年五月一一日の本件第七回口頭弁論期日において陳述した控訴人提出の右同日付予備的訴の変更申立書により、被控訴人中村に対し、立退料一〇〇万円の提供とともに解約の申入れをしたこと、更に予備的に、当審における平成元年七月二一日の本件第四回口頭弁論期日で陳述した控訴人提出の右同日付準備書面をもって、被控訴人中村に対し、三〇〇万円もしくはこれと格段に相違のない金額の範囲で裁判所が相当と認める立退料の提供とともに解約の申入をしたことは、本件記録上明らかである。

そこで、控訴人の解約申入についての正当事由の有無を検討する。

<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

1  本件一の建物は、前記認定のとおり、築後六〇年近くの長年月を経過した木造瓦葺平家建の居宅であり、朽廃には至らないまでも、老朽化が著しく、破損、汚損の個所が多く、外観、機能とも劣悪な状態にあり、通常の修繕を施すことによってある程度の期間建物としての効用を保持し得ても、早晩、朽廃の時期に到ることが予測される状況にあるので、地価の著しく騰貴した現在においては、その敷地の有効利用のためには、早急に本件一の建物を取り壊して、その跡に、新しい家屋を建てるのが望ましく、そのためには、控訴人において、被控訴人中村から、本件一の建物の明渡しを受ける必要がある。

2  控訴人は、現在七四才(大正五年三月二三日生)であるが、妻タツエは昭和四八年三月に死亡し、長女貴美子、二女美沙子、三女美知子、長男稔夫の四人の子があるところ、三人の娘はいずれも他家に嫁し、現在未婚の長男(昭和二八年七月一九日生)とともに本件七の建物で暮している。

三人の娘のうち、長女貴美子と三女美知子は、それぞれ夫あるいは夫の父が所有する茨木市あるいは高槻市所在の一戸建の家屋に居住しているが、二女美沙子だけは夫が勤務する日本電信電話株式会社(NTT)の社宅(現在は京都市北区)に入居していて、一戸建の自宅家屋を所有していないので、父親の控訴人としては、二女の美沙子に一戸建の家屋を所有させたいと考えている。

右美沙子の居住する社宅は、マンション型集合住宅の一戸であり、間取りは二DKに過ぎないところ、美沙子の家族構成は夫婦と子供二人(長女は現在中学三年生)の四人家族であるので、右社宅は手狭な上に、美沙子の夫は、二、三年ごとに転勤があり、その都度社宅を変わらなければならないから、高校進学をひかえている長女のためにも、今後は定住家屋を確保して、美沙子と子供らはこれに定住し、夫は単身赴任する予定にしている。

さらに控訴人は、すでに高令で、現在心臓が悪く、動悸、息切れがし、いつ病臥するかも知れない状態であるところ、控訴人が病臥した場合には、同居の長男稔夫には十分にその看護を期待できないので、二女美沙子が控訴人の身近に居住して、同人が控訴人の看護や日常の生活の介助をするのが望ましく、控訴人もこれを期待している。

右のような点からも、控訴人としては、被控訴人中村から本件一の建物の明渡を受け、これを取壊して、その跡に、新しく家屋を建てる必要がある。

3  控訴人が所有する土地は、本件四ないし六の各土地だけであり、これらの土地は連続した一団の土地として事実上一つの区画をなしており、控訴人の現住居である本件七の建物と本件一の建物との敷地であって、そのほかに別個の家屋を建築する余地はない。

本件四ないし六の各土地の東側に隣接する本件三の土地は、もと堤防敷であったものを、控訴人が昭和三四年二月四日に茨木市から妻タツエの名義で払下を受けたもので、同女の死亡により長男稔夫が相続し、現在同人の所有名義になっているが、同地上にはもと控訴人所有の木造瓦葺二階建共同住宅(アパート紅楓荘)があったが、これを昭和六一年六月一六日頃に取毀し、その跡に控訴人所有名義の鉄骨造スレート葺三階建共同住宅・店舗が建築され、控訴人が賃貸物件として運用している。

そして、右建物の二、三階は、現在他に賃貸していて、控訴人の二女がこれに居住することはできない。

4  被控訴人中村は、大正三年一一月二日生れで、現在七四才であるところ、既述のように昭和一〇年頃から本件一の建物を賃借してこれに居住してきたものであるが、夫は戦死し、二人の子(子供は三人あったが第三子は死亡)はすでに独立して別に暮しているので、現在は、同居の家族はなく、被控訴人大久保を下宿させて、本件一の建物に居住し、本件一の建物から徒歩約二〇分のところの茨木市梅林寺に店を構え、訪問販売による服地販売業をして、生活をしている。

そして、被控訴人中村は、原審における本人尋問において、控訴人から相当額の立退料さえ貰えば、本件一の建物を控訴人に明け渡すことを考えてもよい旨の供述をしている。

以上認定した諸事実に、戦後四四年を経過した現在においては、戦後間もなくとは異なり、一定額の経済負担をしさえすれば、他に借家を求めることも容易であることは公知の事実であること等に照らして考えると、控訴人自身は長男稔夫との共有名義の本件七の建物を現に自宅として使用し、また、二女美沙子の一家も勤務先の社宅に入居していて、ともに一応、現に住む住居があり、さらには、昭和六一年一二月に本件三の土地上に控訴人所有の鉄骨造スレート葺三階建共同住宅・店舗が建築されたこと等を考慮しても、控訴人において、相当額の立退料を提供すれば、本件一の建物の賃貸借契約解約の申入れをする正当事由を具備するものというべきところ、右立退科は一〇〇万円では低きに失するが、三〇〇万円の立退料を支払うことによって、本件賃貸借契約解約の申入れをするについての正当事由を具備するものと認めるのが相当である。

そうであるとすれば、控訴人が、昭和六二年五月一一日に一〇〇万円の立退料の提供とともにした解約の申入れは、未だ正当事由を具備していないが、平成元年七月二一日に三〇〇万円の立退料の提供とともにした解約の申入は、正当事由があるものというべきであるから、その後六か月を経過した平成二年一月二一日の経過をもって右解約の効力が生ずることになる。

なお、被控訴人らは、控訴人は、昭和六一年六月一六日に、本件三の土地上の二階建共同住宅を取壊し、その跡に、同年一二月一五日に鉄骨造三階建共同住宅を建築したところ、控訴人の二女美沙子のために、一戸建の建物が建てたいのであるのならば、その時に、右本件三の土地上に、美沙子のために、一戸建の建物を建てることができたから、本件一の建物を取壊して、その敷地の上に、美沙子のために、一戸建の建物を建てる必要があるとして、本件一の建物の明渡しを求める正当事由があるとはいえないと主張する。しかし、本件三の土地は、控訴人の所有ではないので、控訴人の一存で美沙子のために、一戸建の建物を建てることはできないし、また、本件三の土地の面積は、二二八・二九平方メートルであるのに対し、本件一の建物の床面積は四〇・八二平方メートルであって、その南側の庭になっている部分の本件六の土地五五・三三平方メートル全部を加えても、一〇〇平方メートルにも満たないから、このような右両土地の面積差や、その位置、形状等に照らし、控訴人の二女美沙子の居住する建物を、本件一の建物の敷地に建てる代わりに、本件三の土地上に建てるということが、果たして土地の経済的、合理的な利用方法といえるかどうか甚だ疑問であって、他に特段の立証のない本件においては、これを控訴人に要求し、期待することができるとは断定できない。したがって、本件三の土地の上に美沙子の居住する建物が建てられたとして、これを理由に、本件一の建物の賃貸借解約の申入れをする正当事由がないとの控訴人の主張は、採用し難い。

五  次に、控訴人が、被控訴人中村に対し、本件二の建物を収去してその敷地部分の土地九・九三平方メートルの明渡を求める請求について判断するに、<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められ、原審における被控訴人中村嘉代子本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。

1  被控訴人中村は、昭和二〇年頃、控訴人に対し、本件一の建物の南側の庭先に物置を建てたい旨申し出たので、控訴人はこれを承諾したが、その際、被控訴人中村は、控訴人に対し、本件一の建物の賃貸借の終了時には、被控訴人中村において、その物置を撤去してその土地部分を明渡すことを約した。

そして、同被控訴人は、その頃、本件一の建物の南東方で右建物の敷地の上に本件二の建物(物置)を建築した。

2  控訴人の所有の本件四ないし六の土地は、北から南に連続して一区画の土地となっており、その東側には控訴人の長男稔夫所有の本件三の土地が隣接しており、右控訴人所有地の西側には訴外小池洋平ら第三者の所有である同所一五番の二ないし五の土地が隣接しているところ、右控訴人所有の土地と第三者所有の土地との境界は直線となっている。

また、控訴人所有の本件六の土地(一八番の七の土地)の南側には、訴外今村正一外三一名所有の同所一八番の二の土地が隣接しているが、右両地の境界は明瞭であって、右一八番の二の土地上の建物は、上中条集会所に利用されている。

そして、本件一の建物は控訴人所有の本件四及び五の土地にまたがって建てられており、本件二の建物は、本件一の建物の南東で、控訴人所有の本件五の土地の上に建てられている。

右認定したところによれば、本件二の建物は、控訴人所有の本件五の土地上に所在するものであって、かつ、本件一の建物の敷地の一部に建てられているものであり、その敷地の使用は、本件一の建物の使用に付随して認められているに過ぎないものと認めるのが相当である。

したがって、本件二の建物の敷地を使用する関係は、本件一の建物の本件賃貸借契約の終了に伴って当然消滅すべきものであり、また、右認定のとおり、被控訴人中村は、右本件二の建物の建築をする際、本件一の建物の本件賃貸借終了の際には、これを撤去してその敷地を明渡すことを約しているから、以上いずれにせよ、本件賃貸借契約が解約された場合は、それに伴って、右建物を撤去してその敷地を明渡す義務がある。

六  次に、<証拠>によれば、平成元年度の本件二の建物の敷地の固定資産税評価額は、二二七万三五六四円であることが認められるから、平成二年以降における本件二の建物の敷地の賃料相当額は、少なくとも一日二〇円を下らないものと認めることが相当である。

227万3564円×0.05×9.93/40.29÷365≒76円

七  以上により、被控訴人中村は、本件賃貸借契約の終了に基づき控訴人に対し、平成二年一月二二日以降、控訴人から立退料三〇〇万円の支払と引換えに、本件一の建物を明渡し、本件二の建物の敷地の不法占有を理由に、右建物を収去してその敷地部分の土地九・九三平方メートルを明渡し、かつ、右同日以降で控訴人から金三〇〇万円の支払を受けた日(適法に弁済提供のあった日を含む)の翌日以降本件一の建物明渡済まで一日六四一円の割合(本件一の建物の昭和六一年七月以降の賃料は前記の通り年額二三万四〇〇円であるから、一日の賃料は六四一円である。23万4000÷365 ≒641円)による同建物の賃料相当の損害金及び本件二の建物の収去とその敷地部分の土地明渡済まで一日二〇円の割合による右土地部分の賃料相当の損害金を支払う義務がある。

したがって、控訴人の同被控訴人に対する請求は、右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。

八  被控訴人大久保が本件一の建物に居住していることは前記の通り控訴人と被控訴人大久保との間で争いがなく、また、被控訴人中村が控訴人から本件一の建物を賃借しているが、控訴人が平成元年七月二一日にした被控訴人中村に対する立退料三〇〇万円の提供を伴う解約の申入れにより平成二年一月二一日の経過をもって右建物についての控訴人と同被控訴人との間の本件賃貸借契約が終了するので、他に被控訴人大久保の本件一の建物に対する占有権原についての主張立証のない本件において、右同日以降は、被控訴人大久保は、控訴人に対抗し得る何らかの権原もなく、不法に本件一の建物を占有しているものというべきである。

(なお、仮に被控訴人大久保が被控訴人中村から本件一の建物を転借しているとしても、借家法四条により、賃貸借の解約申入れによって終了すべき賃貸借がある場合、賃貸人はその賃貸借が終了すべきことを転借人に対し通知することを要し、その通知の後六月を経過することによって転貸借が終了するものとされているが、本件においては、前記三〇〇万円の立退料の提供を伴う解約の申入を記載した控訴人の平成元年七月二一日付準備書面は、被控訴人大久保に対しても、右同日、被控訴人大久保にも到達していることは、本件記録上明らかであるから、これをもって、借家法四条一項の転借人に対する通知がなされたことになる。したがって、その六か月後の平成二年一月二二日の経過によって同被控訴人と被控訴人中村との間の転貸借関係も終了することになる。)

したがって、被控訴人大久保は、右同日以降控訴人が被控訴人中村に三〇〇万円の支払をするのと引換えに、控訴人に対し右建物を明渡し、かつ、右同日以降で被控訴人中村が控訴人から三〇〇万円の支払を受けた日(適法な弁済提供のあった日を含む)の翌日以降右建物明渡済に至るまで一日六四一円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務がある。

九  そうすると、控訴人の被控訴人らに対する請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。(なお、控訴人は、被控訴人らに対し、主位的に無条件の本件建物やその他の明渡等を求め、予備的(第二次的)に一〇〇万円の支払いと引換えに右建物その他の明渡し等を求め、さらに予備的(第三次的)に三〇〇万円の支払いと引換えに右建物その他の明渡し等を求めているが、右は、いずれも賃貸借契約の終了ないし所有権に基づく請求で、訴訟上の請求としては一個と解するのが相当であるから、主文では、前記認容額を超える部分は単に「その余の請求を棄却する」とする。)

一〇  結論

以上のとおり、控訴人の本訴請求は、前記正当と認めた限度で認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法九六条、八九条、九二条、九三条に従い、なお、仮執行宣言を付することは相当でないので、これを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤 勇 裁判官 高橋史朗 裁判官 横山秀憲)

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